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真弓さんの体験記 Part I

1994年5月にDr.マンダルが来日し、帰国するとき飛行機で一緒になったのが、IIMCとの出会いでした。

<インドの気候と環境>

夏のインドは暑いと思っている人は多いでしょう。しかしそれには少し誤りがあります。インドが暑いのは春------すなわち乾期の終わりです。4-5のインド平野部は50度にもなります。それがどのくらい暑いかというと、一つの都市で一日に何百人も死者が出るくらい暑いのです。カルカッタは内陸部に比べ、湿度があるのでまだましなのですが、逆に不快指数はダントツです。私がそんなとんでもない時期にカルカッタに足を踏み入れてしまったのは、単に無知だったからに他ありません。

私は週に3回、マンダル先生の診療所に手伝いに行き、その他の日は薬の買い出しや、マンダル先生のお供をして出掛けていました。診療所は朝から大勢の人が詰めかけ、診療所のなかはごった返すのですが、その暑いことと言ったらたまりません。汗は滝のように流れ、拭っても拭っても出てくるので、Tシャツはアッという間に雑巾のようにぐしゃぐしゃになってしまいます。頼みの綱の扇風機が頭上で懸命に回っていますが、停電が日課のように発生します。途端に屋内に溜まる熱気と吐息。真っ暗ななかで患者の傷が何処やら分からずに処置していると、インド人スタッフ達が私たちをうちわで扇いでくれました。あの尊い労働には今も感謝です。

屋外で活動しているときなどは、太陽の光に当たっているだけで体力を消耗し、日よけのため傘は必需品です(60から120Rpで売ってます)。そしてバスでも店先でも道端でも、とにかく座るところを探してしまいます。この時期はインドの人達も真昼は出歩きません。昼寝などをしたりして、日没後にまた活動します。私たちボランティアもだいたい2時にはゲストハウスに戻って寝ていました。シャワーも日に3度は浴びていました。汗を流すだけでなく、体を冷やすという作用があるからです。

よく暑い国の人達は怠け者だとか、考え方がアバウトだとかいわれますが、あの暑さを体験してみれば納得!思考能力は鈍り、意識は朦朧。リクシャーの上で振り回されようが、妙なものを食べさせられようが、暗闇で得体の知れない動物にぶつかろうが、「あーもう、何でもいいようー。何とでもしてくれい。」になってしまうのです。

インドの雨期は唐突にやってきます。何となく曇ってきたかな、と思うと雷を伴う土砂降り。その一雨が境となって断続的に大雨が降ります。これで少しは暑さが和らいだかなと思うのも束の間。雨の恵みは人間だけにもたらされたものではないということです。焼けつくような日の光の中、よもや絶滅したのではと思われた蚊や油虫、蟻、カビ、そして病原菌達までもが生き生きと蘇って来るではありませんか。急増する感冒患者。私もまた風邪でダウンしました。

豪雨の時のサダルストリート近辺は面白いです。どうも配水設備が悪いらしく、アッという間に増水して道路は川と化します。車は泳ぎ、人は難民状態。傘はあっても何の役にも立ちません。しかし、こういう時でもリクシャーはしっかり商売に励んでいるところがすごいなぁと思いました。

厳しいインドの気候は日本人には少々過酷なこともあります。だけど私たちよりずっと体力のない貧しい人達だって、同じ状況下にいるのです。根本的に人間が生活している場所で生きていけないなどということはありません。現地の人に見習って、暑さから身を守り、雨露をしのぎましょう。郷に入っては郷に従い、そして苦しむときは現地の人と一緒に苦しんでみても良いのではないかな? 同じ地べたに立ってみると、言葉も分からない人が案外優しくて、そこには苦しみだけじゃなく、助けもあることが分かります。私はインドの気候に生きる活力と生きてる実感をもらったような気がしています。

<インドの水>

乾期のカルカッタは暑い。しかもある程度湿度のある猛暑です。砂漠のような所なら暑くても汗が出ないことが多いですが、湿度が高いと汗が噴き出してきます。水分を失うと欲しくなるのが水。けれども、インドの生水は日本のものよりずっと危険です。私は水道水だけは日本が一番と実感します。蛇口をひねるだけで浴びるほど水が飲めるのですから。

インドで安全なのはミネラルウォーター。1リットルのボトルに入って10-12Rsです。但し、偽物もあるので、買ったらしっかりキャップがしまっているかを確かめて下さい。ゲストハウスや中級以上の食堂やマンダル先生の家にはフィルタード・ウォーターがあります。それは井戸水をフィルターで濾過した水のことで、濾過器からボトルに詰めて持ち歩きます。この水でお腹を壊した人の話を聞いていませんので、まず安全と言っていいでしょう。

私は初めの頃安全な水を飲むようにしようと思って、フィルタード・ウォーターしか飲まないようにしていました。ところがうだるような暑さに口渇は止むことがなく、携帯の水はどんどん減っていき、他のスタッフも皆飲み出す始末。(もともと私だけの水ということでもないですしね。) 正午前には残量ゼロとなってしまいました。「水はないの。」と尋ねると、「あるよ。」とスタッフの返事。そして私の目の前に、ドンと置かれたものは、ただの井戸から汲まれた水でした。私は数秒間沈黙し、そして恐る恐る問いかけました。「これは安全な水なの。」 返ってきた返事はインドの名文句、「No Problem!!」 やられた、と思いました。私は勿論このセリフを信用しなかったので、重ねて「本当に、本当に、大丈夫。」と聞きました。するとスタッフの一人が私のために丁寧に説明してくれたのです。「安全ではない。でもみんなが飲んでいるから、心配ないのだ。」 彼女はニコニコ笑っていました。・・・さあ、どうする? これは一つの究極の選択というやつでした。

ここで水を拒んでも、この暑さでは脱水症状になるかもしれない。そしてそのときはの私の思考回路は暑さのためにブレイク・アウト寸前でもありました。「そーか、そーか。みんなが飲んでんのなら問題はないわな。OK! OK! No problem!」 次の瞬間私は理性を捨てていました。

これをきっかけに、この日から私は井戸水をガブ飲みするようになりました。井戸水は冷たくておいしいのです。そしてその「訓練」のおかげで、その後も私は安宿や食堂でどんな水を出されても平気で飲めるようになりました。インド国内で水あたりしたことは一度もありません。皆が皆当たらないとは限りませんが、慣らせば慣れることもできる、という例だとでも思って下さい。日本の水の豊かさは世界一。故に日本から出ればどこでも水に苦労します。でも恐れるに足りません。そこの人達はそこの水を飲んで生活しているのですから。生物のいるところ水有り。

でも最近は日本の薬局で水の殺菌剤を売っているようなので、そういうものを持っていくのも良いかもしれませんね。いざという時焦らずに済むでしょう。

<インドでの思い出>

外国へ行くということで、まず心配することは言語だと思います。でも、私が思うには言語能力とコミュニケーション能力は別のものではないでしょうか。たとえば言語力がない!という人でも、なんだかんだとコミュニケーションをとって平然と楽しんできちゃったりする人もいます。そのヒケツはたぶんオバタリアンになりきること。なれなれしく人に寄っていき、通じているんだか通じていないんだか分からなくても、何でもどんどん喋っちゃいましょう。「悪いヤツじゃないな」と分かってもらえればしめたもの。喜怒哀楽の表現を大げさに示してみるのもコツの一つではないかと思います。

私は英語がほとんど分からないままインドへ行っていました。(高校卒業以来8年間英語を使ったことがなかった。) そういう私に非常に根気よく英語で語りかけてくれたのがベルギー人のミケ。ショッピングにも行ったし、町も案内してくれました。皆との会話が分からなくなると、彼女がいつも噛み砕いて教えてくれました。オランダ人のポリーンは当時お兄さんを亡くしたばかりでしたが、明るく愉快な人柄で皆を楽しませてくれました。何故か彼女には「You are funny!」と連発され、面白がられてしまったのを覚えています。診療所のスタッフにシャンクーリという人がいますが、ミケとポリーンと私は彼女の甥の誕生パーティーに呼ばれていったことがありました。50人ほどの人が彼女の家に集まり、バナナの葉にのせられたご馳走とバースデーケーキでお祝いをしました。話をしたり、歌を歌ったり、楽しいひとときでしたが、そのパーティーの後、静かな静かな緑の森の中を三日月に照らされつつ歩いて帰ったことがとても印象的に残っています。

二人がインドを去った後、ゲストハウスに来たのがオーストラリア人の姉妹ジルとタミー。彼女たちとはよくスパゲティーを作ったり、Dr.マンダルも合わせてトランプをしたりしました。Drマンダルの車で一緒に深夜のドライブをしたこともありました。運転手はジル。インドの道路といえばリキシャーとアンバサダーとバスが秩序もなく走り回り、ひっきりなしにクラクションが鳴り続け、人間と野良牛が気まぐれに飛び出してくるのです。Drマンダルとジルは喜びながら、バンバン飛ばしていましたが、後席のタミーと私は蒼くなっていました。Dr.マンダルは私にも「運転する?」と尋ねましたが、私は慎んでお断りさせていただきました。

Dr. マンダルの奥様はバーナリーというとても聡明な人です。95年当時はまだ結婚前で、私はバーナリーの実家にも遊びに行きました。バーナリーの家でやったダイヤモンドゲームは大好きになり、私は日本に帰ってきても家族とやっています。バーナリーの家の隣は300年前から建っているという古い家で、お隣の人に頼んでその家の中も見せてもらいました。

薬を買いに行ったり、出張診療に出かけたり、栄養食を一日かけて作ったり、患者をメディカルカレッジに移送したり、薬の在庫を調べたり・・・・・・。インドでの日々は忙しかったけれども、働きながら学んだことも多かったです。そして、何よりも得た友との楽しかった日々は、私の人生の中のかけがいのない宝物であります。

<洋服のこと>

インドへ行くなら日本から洋服を持っていかない方がよい、と私は思います。冬に行く場合はこの限りにありませんが、着替えは最小限にして現地で購入してはいかがでしょう。

なぜなら非常に暑い時期にインドへ行った私は日本の洋服が全然着られなかったのです。どうしてか。日本の製品は布地が丈夫で、縫製がきちんとしています。暑い国インドではこれだけのことが我慢ならないくらい暑い!のです。Gパンなんてもってのほか。インドでは軽くて薄っぺらいパンジャビドレスが一番。男性ならばクルタとパジャーマなんてどうでしょうか。私はパンジャビドレスの長い丈がまた暑苦しく感じたので、安いTシャツを買って、それとパンジャビドレスのパンツを組み合わせてきていました。インドでは洋服は滅茶苦茶に汚れるということ、そして洗濯機がないということを考えても洋服は薄い方がいいでしょう。(インドでは洗濯機、掃除機など労力を節約するものの普及が遅い。人ではあるからでしょうか。エアコンや冷蔵庫など暑さ対策の家電の普及は早いようです。) 但し、ソーイングセットは持っていった方がいいようです。インドの洋服はすぐ綻びます。

ちなみに、Tシャツを買うなら、B.B.D.BAGからJADAPURかGALIA行きのバスに乗り、GARIAHAT下車、路上マーケットで探しましょう。20Rs-60Rsです。

パンジャビドレスを買うなら、B.B.D.BAGからJADAPURかGALIA行きのバスに乗り、DHAKURIA下車、州政府の物産店らしきマーケットへ。150Rs-(200-250Rsが妥当?