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真弓さんの体験記 Part II

私はカルカッタの南40Km、サナプールというところで1ヶ月半ボランティアをした。仕事の内容は週3回診察の補助として処置を行い、残りの日を患者の移送、薬の買い出し、備品の買い出しの他、Dr.マンダルのお使いで銀行や郵便局に行く。これが日本ならば仕事は仕事だが、そう重労働というわけではない。しかし、そこはインド。一筋縄では行かないのだ。

まず、診療について。私を含む欧米人ボランティア看護婦達の主な役割は、皮膚病の子供たちに薬を塗り、時には切開、排膿して、怪我があれば簡単な手術までやってしまう。もちろんビタミン剤や破傷風など予防のための注射なども行うが、Dr.マンダルは患者の余りの多さに診断して、指示を出すのが精一杯。看護婦が彼の手足となり働かなければならない。日本では決してやらされること無いことまでやらなければならず、さしもの私も時には尻込みした。英語で交わされる専門用語にもなかなかてこずったのだが、一番の問題は何といってもインドの貧しい農村に住む人々の教育の低さである。

教育の低さとは言うが、私は決して彼らの頭が悪いといっているのではない。まして、彼らを軽蔑する気持ちは毛頭ない。教育の低さというのは、IQの低さとは無関係である。 IQはよくても教育を受けられなかったために、理論的で、発展的な考え方が身につけられなかったということだ。しかし、それは単に知識がないというだけの簡単な問題ではないのだ。日本人が学校へ行って学ぶことは、知識だけではない。自分がどう行動を起こせば、得たい結論を導き出せるか、どうゆうことがなにに影響を与えるか、注意し、推測し、思案するという、いわゆる思考工学を学んでいるのだ。

思考力が低いということはどうゆうことか。少し例を挙げてみよう。たとえば、チャイ(ミルクティー)を運んでくる係の人がいる。彼女は私が最も忙しく働いているときにチャイを持ってきて、こちらが受け取れないでいると、受け取るまで待っている。何分でも待っている。他のスタッフに先に配るとか。時間を見合わせるとかは一切考えないのだ。彼女の仕事はチャイを運ぶということであって、自分は十分に自分の仕事を果たしていると思っている。そうして、ニコニコしていつまでも立って待っているのだ。

チャイをこぼしてしまったソファをさして、「ここは濡れているから座ってはだめだよ。」と言ったら、現地のインドの人たちはそれから何日たっても、乾いていることが目に見えていても、そこには座らなくなってしまった。原因を考え、自己で判断することが出来ないのだ。また、部屋が汚いので掃いてくれと頼むと、掃くには掃くがただ掃くだけで、きれいにはしない。教育がない。思考力が低いとはつまりこういうことなのだ。

それが私たちの診療行為にどう関わるかというと、インドの人たちに病院というところは病気を治すところだということが分かってもらえないのである。我々、日本人は病院が好きな人も嫌いな人もいるが、病気や怪我をしたら病院へ行かなければいけないということは、小さな子供でも習慣として知っている。しかし、彼らは病気をしても自分でどうしていいか分からない。病気と聞いても、「それは何じゃ?」で終わりだ。そして、多くは悪化の一途をたどり、時には死に至ってしまうのだ。衛生観念がないなどとは言うに及ばずといったところだ。

そのため、我々の仕事はとにかく片っ端から病人怪我人を治療しつつも、本当の目的はインドの人々に治療を知ってもらい、医療への関心を広げることにある。診療所で痛い処置を受けた子供はそれだけで来なくなってしまう。そこで、私たちは最初飴をあげたりして何とかてなずける。そうしている内に、「どうやら怪我が治ったぞ? そうか、怪我したら病院へ行けばいいんだ。」ということが分かってもらえる。こういうことは、口で百回言っても分かってもらえないのだ。とにかく事実、である。そうすると次からその子は病気や怪我をしたら自主的に病院に来るようになる。また、口コミでも周りに伝わるだろう。こういう草の根的な活動をしなければ、我々の活動は、「外国人たちが村に来て何かやってるぞ? どうせ俺たちには関係ない勝手にやらせておけ。」で終わってしまうのだ。そうして人々に医療を理解してもらえたら、皮膚病の子供にびっちり不潔なお守りをつけたり、傷口を泥だらけにしてくる人たちも減ってくるはずだろう。

診療以外の苦労については筆舌に尽くしがたい。ベッドがない、毛布がない、きれいなタオルや包帯がない、消毒物品がない、薬がない、水道がない、ガスがない、交通手段がない、・・・・・・(以下ずっと続く)

水がないということは簡単に手が洗えない、洗濯が出来ない。冷蔵庫がないと冷所保存の薬はダメになってしまうから、氷を買いに行かなければならない。全てに影響がでるのだ。

また、インドというお国柄、何を買うにしても値段交渉がいる。全てに影響がでるのだ。それも10分、20分と時間がかかるのは普通だ。そして、品質もかなり怪しいので、毎回自分で見て確かめるということが必要になってくる。手間がかかるのは何も物を買うときだけではない。患者を輸送する車が故障して、修理に出したはいいがちっとも帰ってこない。と思ったら、修理士がその車でドライブしていたとか。大金はたいて新しい機械を注文したら、中古を売りつけられたとか、インドならではの苦労は山とあるのだ。とにかく、インドでは何もかも自分で動いて、手間をかけてチェックすしなければ、インドの人は仕事をしてくれない。すぐにさぼりたがる。すぐにいい加減なことをしたり、ぼったりする。それは旅行者に対してだけでなく、現地の人間に対してもやはりそうなのだ。

インドの生活は人間をたくましくする。それだけは間違いない。

<カルカッタの乗り物>

インドの乗り物の代表は、言わずと知れたリキシャー(Rickshaw)。カルカッタの路地では、本当の人力リキシャーがいる。彼らのことをリキシャーワーラーと言う。全身に汗して、二人乗りのリキシャーを引く姿は、同情をしたくなるが、彼らにとってそれが仕事で、それによって賃金を得ているので頑張ってもらいましょう。

自転車で引くリキシャーが、一般的なリキシャーである。ホーンを鳴らしつつ、どんな混んでいるところでも突っ込んでいくので、歩行者は注意して歩かなければならない。また、このリキシャーに乗って舗装されていない道を走るときは、振り落とされないよう気をつけよう。腰掛けは意外に狭いうえに、足代も不安定であったりして、ジェットコースター並みのスリルとなる。
オートリキシャーはタクシーのように貸し切りにして乗ってもいいのだが、普通に走っているのは乗合である。路肩で手を振って止め、行く方向が同じなら同乗させてもらう。大体前に二人、後ろに三人が定員である。

しかし、もっと詰め込まれることも当然ある。雨の日は、側面にビニールシートが付く。それでも端に座るとかなり濡れるので、出来れば真ん中に座りたいものだ。料金は10Kmで2.5Rsが目安でした。都市と地方では料金にかなり差があるし、相手が身なりを見て料金を決めてくることもあるので理不尽なこともあるが、自分がリーズナブルと思えば、それを払えばいいと思う。ただし、身に余るような強突く張りには断然と抗議しよう。

カルカッタ周辺のバスは、ヒンドゥー語族のためだと思うが、ベンガル語のほかに行き先が英語表示されているので、比較的便利である。料金は格安で、1- 3Rsで乗れる。切符はバスに乗ってから中にいる車掌に行き先を行って購入する。バスが近づいてきたらドア口にぶら下がっている車掌が通る場所を早口でまくしたてるので、それを聞いて乗るバスかどうか判別する。でも、まず分らない。聞き取れなければ、車掌に向かって自分の行き先を叫ぼう。「アチャ(はい)」か「ネイ(いいえ)」か教えてくれる。BBD.BAG等の都心では、ものすごい台数のバスが、怒涛のように流れていく。このような時でも他のインド人に負けずにバスに走り寄り、声をかけよう。10台も声をかければ、その内1台くらいは行き先の合うバスに逢える。バスに扉はない。(あるけど閉めない。) 必要なときには脚力を活かして飛び降りよう。女性の方にはレディースシートがある。レディースシートが空いていなくても、インドでは男性がよく席を空けてくれる。女性は守られているのだ。

さて、列車だがが、改札はあってなきがごとし。プラットフォームにはいかにも無賃乗車、無賃入場という輩だらけ。(長距離の列車でそういう事はないだろうと思うが。) でも政府が駅に掲げている看板どおり、「無賃乗車は犯罪です。」 ちゃんと切符を買おう。安い。近距離では、5Rs以上払ったことがなかった。列車にも扉がない。扉を開けたまま走る。慣れないうちはラッシュ時に乗るのは止めよう。体がはみ出したりして、結構恐い。涼しいので快適ではあるが。カルカッタ南部線に乗るときは、South Shoulder?Sonapur線路づたいにスラムキャンプを見ることが出来る。

<インドのトイレ>

インドのトイレは良いホテルやゲストハウスでは洋式、安宿では和風式、そして屋外では土の上である。ほとんどの人がご存知のとおり水で洗って後始末をするので、トイレットペーパーは外国人向けの高級品である。一巻が20Rs(80円)くらいする。当時貧乏だった私は紙代を浮かすためインド式後始末にチャレンジした。それにポケットのない服を着ていると紙を持ってトイレに入るのを忘れてしまうんだよね。最初はトイレの個室に必ず付いている蛇口から水を汲んで、ピッチャーのような馬鹿でかいコップを手に、「どーしたものかいな?」と思案してみたが、やってみれば何とかなるもの。右手にコップを持って、左手でピチャピチャ。洗ったほうの手がやっぱり気になって匂いを嗅いでみましたが、きれいに洗えば匂いもつきません。しかし、その日から、ちょっとその手でご飯を摘まむきにはなれず、素手でご飯を食べるときは私も、ほとんど右手一本で食事をするようになった。

ちなみに、洗った後は自然乾燥。暑いせいか気にならずに乾きました。
しかし、失敗というものはあるもので、壊れていてひび割れたコップしかなかったメディカルキャンプのトイレでは、ズボンまでびしょ濡れにしてしまった。この時ばかりはおもらしをしてしまったようで、気持ち悪いわ、恥ずかしいやらで、困ってしまった。

時には、とんでもなく汚いトイレに巡り合うことがある。そんな時は迷わず青い空の下で用を足すことにしましょう。人に見えない場所を確保するのに、多少苦労することもあるが、慣れてしまえば、その清々しさに魅了されることでしょう。日本でするほどの抵抗感はないですよ。例え下痢していても・・・・・・。
ただし、カルカッタなど都市のど真ん中では、公衆トイレは無い上に、人間がいっぱいいるので、すかさずお店などの人と交渉してトイレを借りよう。

<乞食>

インドの三代名物は乞食、病気、泥棒だそうである。行けば納得、それらが他の国に比べてずば抜けて多いからだ。乞食は目で見て多いことが分かる。どこも町、どの場所にいってもいる。デリーのチャナキャブリ地区という大使館通りにもちゃんといる。らい病で手指の欠けた乞食、像皮病で片足が膨れ上がった乞食、痩せてガリガリの子供たち。ピカピカの先進国から来た私達にそれらは悲惨に見える。どこへ行っても差し出される乞食の手を振り払うと妙に心が痛むものだった。

しかし、インドでは、乞食はごまんといるのだ。そして、乞食ではないけれども、乞食同然の生活をしている窮乏者もやたら滅多らと多いのだ。悲惨さで言えば、両者の間にはほとんど差というものはない。物乞いは生計の一つである。歌うたいが、歌を歌って金銭を得、靴磨きが靴を磨いて金銭を得るのと一緒である。どんな弱者でも最低可能であるという職業なのだ。

乞食は乞食なりに結構したたかである。どんな人間がバクシーシ(お布施)をくれそうかも良く心得ていて、狙っているのである。明日にでも死にそうな乞食が路上に寝そべっているのはよく目にするが、一週間後にそこを通ってもやはりそこに寝そべって乞食をしているのだ。路上で遊ぶ乞食の子供の笑顔だって屈託がない。時々には徒党を組んで、外国人の足にしがみつきバクシーシをたっかったりする。
そうなるとこちらの考えもどんどん変わってきて、「手を出すだけでお金がもらえるなら私だってやるわい。」となってくる。従って私は子供の物乞いにお菓子はあげてもお金はやらない。芸を見せてくれたり、道案内をしてくれた場合のみあげていた。五体満足な子供には、とにかく、「労働すればそお代価がもらえる。」ということを覚えて欲しいと思うからだ。そうすれば、幾ばくかでも彼の将来が開けるかもしれない。その他の乞食には気まぐれで小銭が貯まった時に喜捨した。誰かからすでに喜捨してもらっていた人には渡さない。誰にももらえずにいる乞食の方に主に渡した。聞けば、バラナシー在住の日本人Yさん、普段乞食は無視して、月に一度、小銭を貯めてガード付近にずらりと並んでいる乞食の端から順に喜捨していくのだそうだ。その数およそ50?100人にのぼる。

<値段交渉のこと>

インドには定価だとか料金だとか言うものがない。日用雑貨などには、一応、「Maximum Price(最高売値)」と表示されているのもあるが、時にはそれより高く売られていることもあるので当てにはならない。ホテルなどはFix Price(決まった値段)とガイドブックに書いてあるが、デリーで一泊ツインが120Rsと言われ、「話にならない。」と帰りかけたら、「100Rsでいい。」とすぐにディスカウントされたこともある。長期連泊する場合などは割引交渉するのが当たり前である。

インド人はとかくふっかけてくるが、最初に10倍近くの値を言ってくるので、半額に値切ったとしても大抵ぼられたりする。慣れてくると、法外な金額は取られなくなるが、それでもインド人たちの方が一枚も二枚も上手だと思うことはよくあるのだ。ふっかけられないためには、まず相場を知ること、そして次に品物の価値を見極める目を養うことだ。日本人は自分の国の物価がたまげるほど高いので、安く見積もったつもりでも高いのである。

私がインドにいた当時1Rs=3円だったが、1Rs=50?100円のつもりでいなければ、ぼられること必至である。5Rsあれば1食食べられるし、石鹸1 個 1?3Rs、チャイ 1?1.5Rs、コカコーラ 5.5?7Rs、パンジャビドレス上下で、125?250Rs。そしてまた質によっても値は変わるので、「この質ならこのくらいの値だな。」という自分の価値観を持っていないと粗悪品を並の価格で買ってしまったりする。インド人は損をする商売は絶対にしないので、易々ディスカウントされたらその品物の値はもっと安いのだ。確かに我々外国人はインド人に比べ金持ちには違いないので、インド人たちと全く同じ値段でとは思わないが、3倍、5倍と取られると腹も立つ。また、ほいほいと金を出すことは、「観光客=カモ」という思想を植え付けるばかりか、現地の物価を引き上げてしまう。そしてその物価上昇に苦しむのは現地に住む貧困層の人達なのだ。

ブッタガヤーでのこと。列車駅のあるガヤーとブッタガヤーは 10Km以上離れている。ブッタガヤーに最も賢く行く方法は、リキシャーを駅で拾い、バス停まで行き、バスでブッタガヤーに行く。(リキシャー 2?3Rs、バス 1Rs以下) 乗り合いのオートリキシャー(大)を使うと15Rs。ふつうの乗り合いオートリキシャーならもっと安く上がるだろう。リキシャーやオートリキシャー、タクシーをチャーターすると、値段交渉次第だが20?50Rsで行く。しかし、相手が声をかけてくれる値段は常に80Rsである。そしてディスカウントしたように思わせ50Rsで乗せるらしい。

ブッタガヤーを去る日、私は非常に朝早く (5時半頃)、出発しなければならなかった。ブッタガヤーの運転手は金持ち運転手を主に仕事にしているので、よくぼるし、たちが悪い。それで私は6時にバスに乗るべく急いだ。ところが前日ガヤーの駅とブッタガヤーでバスの時刻を確認したにもかかわらず、バスが出ない。聞いたら6時20分始発だとのこと。私は困惑した。すると現地で友達になったリキシャーワラーが、ガヤーへ向かうオートリキシャー(大)を見つけて、彼のリキシャーでそこまで連れていってくれた。そこで交渉が始まった。

初めは、「70Rs。」 これは早朝料金を加算したとしても高すぎる。そこで私はオートリキシャーの中に乗っている同乗客にいくらかを聞いた。すると、ある男から、「40Rs。」という答え。運転手は、「60Rs、 50Rs。」と交渉してきたが、私は「40Rsでなければだめだ。」とはねつけた。当然だ。そこで交渉もまとまり、40Rsで私はブッタガヤーを去ることになった。しかし、どうも怪しい。同乗者は6人いた。うち一人はかなりみすぼらしいいでたちの老人である。彼が40Rsの大金を払えるだろうか。同乗者が 6人ということは、運転手の儲けは40×6の240Rsである。240Rsなんて儲け過ぎもいいところだ。80Rsあれば個人でチャーターしてもいけるのだ。

ガヤーに着いて、私は、私に「40Rs。」とのたまった同乗の男に先に料金を払わせた。いくら払うかをみてやろうと思ったのだ。だが、ごまかしてなかなか払おうとしない。私が促すと札を出したが手つきがまた怪しい。札を出したり、引っ込めたりしている。が、私も執念である。結局彼等は二人で30Rsしか払わなかったのを見極めた。一人15Rs!! だが私は40Rsの交渉で乗ってきたのである。運転手は40Rsを請求する。「仕方がない。」と40Rs払うのがスマートなのだろう。しかし、私にはそんなもの無縁なのだ。「30Rsなら払う。」 よそからきてインドにお世話になっている金持ち外国人が税金代わりに少し多めに支出しても、それはかまわないと思う。が、それは2倍に金額まででだ。2 倍以上取られたのでは腹も立つし、インド人の面の皮を厚くさせるだけだ。

30Rsしか払わないと言うと、やはり相手はごねてきた。しかし、私は言った。「私はリキシャーが15Rsと知っている。それでも30Rs払う。30Rsでなければ私は払わない。」 運転手は英語が分からなかったので、客の一人が通訳になったが、話は通じたようだ。運転手はなおもごね、40Rs払えと怒ってくる。客も40Rs 払えと言ってくる。だが、それがどうした。私はもっと怒っているのだ。さっさと無視して駅に入ろうとすると、引っ張ってつて戻された。「払え。」という。そこで私は指を相手に突き立ててすごんでいった。「30Rsか。それともおまえは金がいらないのか。」 さすがに運転手も黙る。そして、私が持っていた 30Rsを受け取ると帰っていった。これもまたぼられた経験の一つである。しかし、複数のインド人に迫力勝ちしたことは、その悔しさを少しは軽減してくれる。この後、運転手と口裏を合わせて私に嘘をついた乗客には、「この嘘つきめ!」を連発してやった。外国人に興味ありそうな彼であったが、私に責められ、駅では暗い顔をしていた。彼も少しはこたえたことだろう。

<インド理論>

「ノープロブレム」に代表されるインド理論は実に伸びやかでおおらかだ。言い換えれば、それは雑でいい加減と言うことだが、インドではそれでいいのである。オートリキシャーに乗っていて、横ぎりぎりに通り過ぎるリキシャーにぶつかりそうになる。「おいおい」と思っていると案の定ガリガリッ。しかしどちらも気にせずさっさと言ってしまうのではないか。オートリキシャーの方には初めから壊れるようなバックミラーもウインカーも付いていない。ノープロブレムというわけ。

また、その日のホテルを決めるとき、部屋を見せてもらうのだが、きれいと説明された部屋がとても汚れていた。「60Rsにしては汚いよ。シーツも換えてないじゃないか。」と言うと、「ノープロブレム」、「部屋は掃除するしシーツは換える。だからGood!」と言われてしまう。

驚いたのはボランティアをしていたとき、スタッフ総出で乳幼児の栄養食を作っていたときのことだ。使用する砂糖に蟻がわいてしまった。「あーこりゃだめだ。買い直しだー。」と思っていると、インド人スタッフいわく、「ノープロブレム」。砂糖をふるいにかけ出した。インドの砂糖はザラメなので、ふるいの中には砂糖が残り、下にはぽろぽろと蟻が落とされていく。が、どうしてもまだ砂糖の中に蟻が潜んでいるように思える。でも、彼等は自信ありげに繰り返す。「ほらね、ノープロブレム」

このアバウトさは時々"混沌"として現れる。子供に飴をあげていると、大人たちまで寄ってきて、「くれ。」と言う。子供たちのための飴だ、と言うのに理解しない。「飴があるのに何故くれないのだ。」と文句を言うのだ。

ちょっと言いホテルになるとチップの習慣があるのだが、ホテルの落ち度でトラブルが発生した場合でも、仕事をしたボーイたちは、「チップをくれ。」と請求してくる。

また、こんなことがあった。メーター制のタクシーを拾い、住所を見せ、「ここまで行ってくれ。」と頼んだ。その場所を知っているか訪ねると知っているという。ところが、実際走ってみると、車はあちこち迷走した上、2度3度車を降りて、道を尋ねようやく巡り着いた。メーターは、20Rsだった。しかし、かなり余分に迷走したので、私は、「15Rsでいいね。」と15Rsしか払わないでいた。するとタクシーの運転手は、20Rsどころか、「25Rs。」と言ってきたのである。もちろん大喧嘩である。そこで私の知り合いである英語の分かるインド人が仲裁に入って話をまとめたが、やはり私が払わねばならなかった。西側先進国の常識で行けば、道を知らないタクシーの運転手は言語道断だし、道に迷ったなんてのは運転手の責任だ。しかし、インドの理論では、このタクシーの運転手は私のためにあちこちで道を聞いて回り、手間をかけて目的地まで来たのだ。だから、私はこの運転手に運賃に加え、手間賃を払わなければならないと言うことだ。

インド理論、ああ恐ろしや!・・・・・・と思ったのはこの時だった。インドでは仕事の内容とか、理屈とか細かいことは問わないのだ。車は走れば良し、列車は着けば良し。貧乏人は金持ちの下で働き、金持ちからは金をもらう。そういう基本原則だけで社会は回っている。強いて言えば、理がないと言うことがインドの理論かもしれない。